クリスマス
12月25日……クリスマス。聖夜である。
冬の夜空にホワイトイルミネーションの光が瞬き、降り積もる雪が恋人たちを包み込む。二人の間に言葉はいらない。冬の夜空を見上げた二人の心に小さな明かりが灯る……なんて、心配は一切ない私にとって、この日は別の意味を持つ日だった。
この日、無節操な拡大路線で我が身を滅ぼした大手百貨店Sが、不採算店舗の店終いをする日であった。
数ある不採算店舗の中に、私が住むS市の店舗も含まれていた。
最大のバーゲンは閉店セールとは百貨店の不吉なジンクス。
ある意味、最大のワゴンセールっていうか、店ごとワゴンセールになる今回の閉店セールをぜひ見ておきたいと思い立ち、私は印刷屋のバイトを終えると、すぐさまSと向かったのであった。
阿鼻叫喚の地獄絵図
その光景は、あまりにも異質で奇怪な光景だった。
私は百貨店でもバイトをしているのだが、閉店直前のSはあまりにも見慣れない光景で、私は少しだけ動揺してしまった。
1階――貴金属やバッグ、アクセサリの投げ売りに雲霞のごとく人々が群がっていた。
ここまでの人が群がっている百貨店なんて見たことがない。
「これが閉店セールか…」
のっけから私は脅かされた。
その後、何か面白いものは売ってないかと、エスカレータに乗って店内を徘徊した。
3階、4階、5階……フロアを見渡して感じるのは、とにかく広いということ。
通常、百貨店は一つのフロアに複数の売り場やテナントを設けており、それぞれの売り場を什器や売り物で仕切っている。
そのため、百貨店は一つのフロアにいくつもの店が並んでいる、まるで商店街のような様相となる。
だが、今、目の前に広がるSの状況は違った。
什器はあらかた撤去されており、売り場の仕切りは全くなくなっている。
ただ、ワゴンに乗せた売り物を整然と並べているだけなのだ。
しかも、閉店間際ということで人気商品は殆ど売れてしまったため、商品も人影もわりとまばらだった。
「百貨店はこんなに広いのか……」
フロアの端から対面の端を眺めやりながら、私は呻き声を上げていた。
百貨店の端から端まで眺められるなんて、普通の百貨店ではあり得ないことなのだ……まさに百貨店にとっての地獄絵図。
そんな閑散とした光景の中、長い行列で一際目を引いている売り場があった。
ディズニーグッズの販売店だった。
この不況下、大したものを売っているわけでもないのに、ディズニーグッズにだけは人が群がっていた。
ウォルト、あんたはやっぱりすげぇよ……
その後、私はオーディオソフト売り場へ行った。
全店が激安価格で放出しているのに対し、ここだけは割引率が15%と吝いものとなっていた(それでも邦楽CDが値引きされているのだから、特殊といえば特殊か)。
これらのソフトは、その手のバイヤーに任されば、それなりの値段で取り引きされるからなのだろうけれど……往生際の悪さみたいものを垣間見てしまった。
結局、全フロアを見て回ったがゲームは一切扱っていなかったので、店を後にしようとした。
店を出ようとするとき、
「クリスマスプレゼントに、いかがですかーっ!」
女性販売員が手にしたスカーフをはためかせながら、金切り声を上げていた。
「クリスマスにプレゼントにどうですかーっ! お安くしますよーっ!」
恥も外聞も、見栄も体裁もかまっていられないのだろう。
女性販売員は金切り声を上げながら スカーフを振り回していた。
時計を見やると、すでに時刻はPM7:40。
閉店まで残り20分であった。
彼女の奇声に物珍しさも手伝って、徐々に人々が集まってきた。
そんな彼らに背を向けて、私はSを後にした。
強者の王国
その後、私は大手家電ショップYへと向かった。
もちろん、ここは閉店セールなどやっていない。
だが、店舗正面の横断歩道で信号待ちをしている間にも、ひっきりなしに人が出入りしていた。
これが日本経済を支えている要因なのか……ふとSでの女性販売員の金切り声が脳裏に蘇ってきた。
店内に入ると、先月まで売っていた500円のセガサターン用のキーボードが無くなっていた。
売り切れたのか、撤去されたのか……?
いずれにせよ、私的には当コンテンツのネタが無くなり少し残念だった。
その代わりではないが、ゲームソフトのワゴンセールでは『スーパープロデューサーズ(スパプロ)』が980円で売っていた。
このゲームは多分、私が一生のうちで最もプレーしたゲームなのではないだろうか。
このゲームほど、濃密に関わったゲームはない。
なのに、私はこのゲームを持ってなかったりする。
「買うべきか…?」
すでに今月をもって、スパプロ最大のウリであったネットワークサービスが停止している。
つまり、このゲームにはもはや一円の価値もないといっても過言ではないのだ。
逡巡する私。
だが、気がつくと私は『スパプロ』を手にしてレジに向かっていた。
ワゴンセールは時にして人間の思考を麻痺させる……
Sの女性販売員の悲痛な声が未だに耳から離れない。
掘り出し物
百貨店の末期を眺められたこと
購入品
『スーパープロデューサーズ』